そのゴールドのロゴを信じて買った人の多くは実は「思っていたのとは違う会社」の製品を手にしています。
はじめに
「マランツ」という響きに、少しだけ背筋が伸びる人は多いはずです。
家電量販店のオーディオコーナー。
ガラス棚の向こうで、桁がひとつ多い値札をつけたアンプが静かに光っている。
あの落ち着いた佇まいを、遠目に眺めた記憶がある方もいるでしょう。
ところが、実売4,000円前後で買えるモニターヘッドホン「MPH-1」の箱にも、同じ「marantz」の文字が刻まれています。
値段の桁は違う。
それなのに名前は同じ。
この妙な引っかかりが、今回の出発点になりました。
先に結論を言います。
Marantz Professional(マランツ・プロフェッショナル)と、アンプで知られるマランツは、現在まったく別の資本のもとで動いているブランドです。
名前を共有したまま、経営の系譜はとっくに枝分かれしました。
しかも民生用マランツの側は、2025年5月にサムスン電子傘下のハーマンへ売却されるという大きな動きがありました。
つまり「同じ名前の別会社」という状態が、いま現在も続いているわけです。
この記事では、Marantz Professionalという企業のルーツと現在地を可能な限り深く掘り下げます。
その上で「モニターヘッドホンMPH-1」が長く支持されてきた理由と、正直に言って弱い部分を、他メーカー製品との比較も交えて整理していきます。


Marantz Professionalとは
企業詳細
1953年、ニューヨークの自宅から始まったブランド
マランツというブランドの起点は、1953年のアメリカにあります。
インダストリアルデザイナーであり電気技術者でもあったソウル・バーナード・マランツが、自宅でプリアンプの製作を始めたことが原点でした。
友人からの依頼で作った一台の評判が広がり、400台規模の受注を抱えるに至って会社設立へと踏み切った、という経緯が伝えられています。
町工場的な始まりから、ハイエンドオーディオの代名詞へ。
この出発点は、後の「プロ用機材ブランド」としての性格を考えるうえで無視できません。
所有者が何度も入れ替わった歴史
マランツは、その後たびたび親会社が変わっています。
1964年にスーパースコープ社へ売却され、1980年にはオランダのフィリップス社の傘下に入りました。
2001年には日本マランツがフィリップスの持株比率を49%とすることで傘下から独立し、グローバルでのマランツブランド製品の生産・販売権を獲得します。
翌2002年には、旧日本コロムビアのAV部門が分社したデノンと経営統合し、株式会社ディーアンドエムホールディングス(D&M Holdings、ディーアンドエムホールディングス)が誕生しました。
ブランド名は生き残り続けたものの、その名を保有する会社は何度も入れ替わってきたわけです。
2014年、プロ用部門だけが切り離された
そして、この記事にとって決定的な転機が2014年に訪れます。
同年、アメリカのinMusic Brands Inc.(インミュージック・ブランズ社)が、D&Mホールディングスから Denon Professional(デノン・プロフェッショナル)、Marantz Professional、Denon DJ(デノン・ディージェイ)の3ブランドを買収しました。
ブランドだけでなく、開発設備等を含めたプロ用部門そのものが売却されています。
D&M側はコンシューマー市場に集中し、inMusic側はDJ・設備音響分野の基盤を固める。
双方の思惑が一致した結果、「民生用マランツ」と「Marantz Professional」は別の会社の資産になりました。
以後、両者は名前だけを共有する、資本関係のない別ブランドとして並走しています。
現在の運営元・inMusic Brandsという会社
inMusic Brandsは、アメリカに本社を置く音楽機材メーカーの持株会社です。
傘下には、Akai Professional(アカイ・プロフェッショナル)、Alesis(アレシス)、Alto Professional(アルト・プロフェッショナル)、Numark(ヌマーク)、M-Audio(エムオーディオ)、Denon DJ、Rane(レイン)、ION Audio(アイオン・オーディオ)、Moog(モーグ)、AIR Music Technology(エアー・ミュージック・テクノロジー)といった、DJ機材・音楽制作機材の有名ブランドが並びます。
サンプラーの名機を生んだAkai、DJミキサーの定番であるRane、シンセサイザーの歴史そのものであるMoog。
こうした顔ぶれの中にMarantz Professionalが置かれている事実は、このブランドが「オーディオ愛好家向け」ではなく「作る側・現場側」の道具として位置づけられていることを示しています。
日本国内の窓口はinMusic Japan
国内販売とサポートは、inMusic Brands Inc.の日本支社であるinMusic Japan(インミュージックジャパン)が担当しています。
日本語の製品情報ページ、サポート窓口、電話受付が用意されており、輸入代理店が転々とするタイプの海外ブランドと比べれば、問い合わせ先がはっきりしている点は評価できます。
一方で、サポート範囲は明確に線引きされています。
同社は業務用機器のメーカーであり、民生用のCDコンポやAVアンプ等は取り扱っていません。
さらに、放送局向け製品については2017年3月をもって全てのサポート対応を終了しています。
「マランツのアンプの調子が悪いから、マランツのサイトへ」という発想は、ここでは通用しません。
この線引きを知らずに問い合わせて戸惑う人が出るのは、むしろ自然なことだと思います。
製品ラインナップから見える立ち位置
Marantz Professionalの製品情報を眺めると、性格がよくわかります。
コンデンサーマイクのMPM-1000シリーズ、リフレクションフィルターのSound Shield(サウンドシールド)、ポータブルレコーダーのPMD661MKIII、配信向けのPod Pack 1、そしてヘッドホンのMPH-1とMPH-2。
録音・配信・取材・現場記録といった実務の道具が並びます。
MPH-1とMPH-2は、Marantz Professionalとして初のヘッドホンとして、2016年4月22日に国内発売されました。
つまりMPH-1は、すでに10年近く市場に置かれ続けているモデルということになります。
低価格帯の製品が数年で入れ替わっていく市場において、これは地味ながら見逃せない事実です。
分からなかったこと
正直に書いておくべき点もあります。
inMusic Brandsは非上場企業であり、売上高や利益といった財務情報は公開されていません。
MPH-1の設計拠点や製造委託先についても、公式に明示された情報は確認できませんでした。
分からないことを、分かったふりで埋めることはしません。
ここは「開示されていない」とだけ記しておきます。
★当ブログのオリジナル企業信頼度評価(5つ星評価)
運営体制の明確さ ★★★★(4.0)
米国本社と日本支社の関係、サポート窓口、対応範囲が公式に明記されています。
問い合わせ先が特定できない状態にはなっておらず、この価格帯の製品としては安心材料です。
市場での評価実績 ★★★★(4.0)
MPH-1は2016年の発売から現在まで流通が続いており、楽器店やDJ機材店でも入門機として案内されています。
短期間で消えていく製品ではないという事実が、実績を物語ります。
商品開発の専門性 ★★★★☆(4.5)
マイク、レコーダー、リフレクションフィルターと、録音現場の周辺機器を体系的に揃えている点は明確な強みです。
ヘッドホンだけを単発で作っている会社ではありません。
ブランド資産の継承性 ★★★☆(3.5)
1953年創業のブランド名を引き継いでいる一方、民生用マランツとは資本上つながっていません。
「歴史あるブランド」という言葉が、そのまま製品の血統を保証するわけではない点は差し引いて考える必要があります。
財務情報の開示度 ★★☆(2.5)
非上場のため、経営数値は公開されていません。
判断材料が製品と公式情報に限られる点は、素直に減点対象とします。
総合評価 ★★★☆(3.7)
窓口の明確さと開発の専門性が全体を押し上げ、開示度の低さが足を引っ張る形です。
数千円のヘッドホンを買う判断材料としては、十分に足りる水準だと考えます。
商品紹介「モニターヘッドホン MPH-1」



商品詳細
色:ブラック
耳の位置:オーバーイヤー
ヘッドホン型式:密閉型
インピーダンス:32 ohm
構造の特徴:音漏れがしにくく、外からのノイズも入りにくい密閉型ヘッドホン
おすすめの使用環境:乗り物などの公共機関やスタジオ、家庭での使用におすすめ
ドライバー:直径40mmドライバー
周波数特性:15Hz〜28kHz
サウンドの狙い:原音に忠実なサウンドを再現し臨場感に満ちたサウンドを実現
装着性:長時間使用しても疲れない快適なイヤークッション搭載オーバーイヤーヘッドホン
想定用途:楽器演奏/配信/在宅勤務/動画鑑賞など
フレーム機構:片耳でのモニタリングのし易い180度回転可能フレーム
ケーブル:ステレオミニプラグ端子ケーブル(約2.7m)
変換アダプタ:標準ステレオプラグ変換アダプタ付属
接続対応:iPhoneにも接続可能
付属品:本体、ケーブル
良い口コミ
「イヤホンで作業していた頃と比べて、音の位置がはっきり分かるようになりました」
「約2.7mのケーブルのおかげで、机から離れても引っ張られません」
「変換アダプタが最初から付いているので、オーディオインターフェースにそのまま挿せました」
「片側を180度回して片耳で聴けるので、外の音を拾いながら作業できます」
「イヤークッションが柔らかく、動画を2本続けて観ても耳が痛くなりませんでした」
気になる口コミ
「低音が思ったより前に出るので、ミックスの判断にはもう一声ほしいと感じました」
「ケーブルが本体直付けなので、断線したら本体ごと買い替えになりそうです」
「約2.7mは据え置き用途には便利ですが、持ち歩くには長すぎました」
「収納ポーチや替えのイヤーパッドは付属していませんでした」
「密閉型なので、夏場に長時間つけていると耳が蒸れます」
「モニターヘッドホン MPH-1」のポジティブな特色
このヘッドホンの価値は、スペック表の数字そのものより「何を諦めなかったか」に表れています。
まず密閉型という構造。
音漏れがしにくく、外からのノイズも入りにくいという特性は、集合住宅の夜や、家族が同じ部屋にいる状況で効いてきます。
深夜に電子ピアノを弾きたい。
家族が寝ている横で動画を編集したい。
そうした場面で、周囲に気を使わずに済む安心感は、音質評価の前段にある実用価値です。
次にインピーダンス32 ohmという設定。
これは「鳴らしやすさ」の目安で、数値が低いほど非力な機器でも十分な音量が取りやすくなります。
商品情報にはiPhoneにも接続可能と明記されており、専用のアンプを別途用意しなくても本来の音量域で使える設計になっています。
機材を買い足す予算がない段階の人にとって、これは実質的な値引きに近い意味を持ちます。
そして直径40mmドライバーと15Hz〜28kHzという周波数特性。
上限の28kHzは人の耳がはっきり聴き取れる範囲を超えていますが、帯域の端に余裕があること自体は、可聴域の見通しに寄与すると考えられます。
原音に忠実なサウンドを再現するという設計思想が、この数値に表れています。
見落とされがちなのが、片耳でのモニタリングのし易い180度回転可能フレームです。
これはDJがヘッドホンの片側だけを耳に当てて次の曲を確認する動作を想定した機構ですが、用途はそれだけにとどまりません。
配信中にコメントの読み上げをしながら室内の音も拾いたいとき。
在宅勤務で、宅配便のインターホンを聞き逃したくないとき。
片側を外して首元に回すのではなく、カップごと反転させて耳から離せる構造は、日常の雑事と両立させたい人ほど恩恵を受けます。
最後にケーブルの長さです。
約2.7mという長さは、机上のオーディオインターフェースに挿したまま立ち上がり、楽器を取りに行って戻ってくる、という一連の動作を許容します。
さらに標準ステレオプラグ変換アダプタが付属するため、電子ピアノやアンプ、ミキサーといった6.3mm端子の機器にも、その日のうちに接続できます。
「買ったのに挿せない」という初日の落胆が起きにくい構成になっている点は、入門機として素直に評価すべきところです。
「モニターヘッドホン MPH-1」のネガティブな特色
一方で、割り切られている部分もはっきりしています。
まず付属品の少なさです。
商品情報に記載された付属品は、本体とケーブルのみ。
収納ケースやポーチ、替えのイヤーパッドは含まれていません。
密閉型のイヤーパッドは使用時間とともに劣化していく消耗部品ですから、長く使うつもりなら交換手段について事前に確認しておく必要があります。
次にケーブルの取り回しです。
約2.7mは据え置き環境では快適ですが、電車やバスでの移動時にはかなり持て余します。
乗り物などの公共機関での使用がおすすめとして挙げられているものの、実際に通勤で使う場面では、余ったケーブルの処理が地味なストレスになります。
密閉型ゆえの蒸れも避けられません。
外の音を遮る構造と、耳の周囲を密閉する構造は表裏一体です。
長時間使用しても疲れない快適なイヤークッションを備えていても、気温そのものには勝てません。
夏場の在宅作業では、一定時間ごとに外して休ませる運用が現実的です。
そして、これが最も重要な点になります。
インピーダンス32 ohmという鳴らしやすい設計は、裏を返せば「機器の側の粗も素直に通してしまう」ということでもあります。
ノイズの多いパソコンのヘッドホン端子に直挿しすると、そのノイズまで丁寧に届けてくれる可能性があります。
原音に忠実というコンセプトは、音源や機器が良ければ恩恵になり、そうでなければ弱点をあらわにします。
このヘッドホンは、あなたの環境を美化してくれる道具ではありません。


他メーカーの商品との比較
比較の前提を揃える
比較対象は、密閉型オーバーイヤーで有線、実売価格が近い機種に限定します。
MPH-1の実売価格は4,000円前後で推移しており、この帯には強力な競合が存在します。
なお価格は流通状況によって変動するため、購入時点での確認は必須です。
audio-technica ATH-M20xとの比較
最大の対抗馬は、オーディオテクニカのATH-M20xです。
密閉ダイナミック型、φ40mmドライバー、再生周波数帯域15〜20,000Hz、インピーダンス47Ω、質量約190g(コード除く)、コード長3.0mという仕様です。
数字の上ではMPH-1のほうが上限帯域は広く、インピーダンスも32 ohmと低いため、スマートフォン直挿しでの扱いやすさは有利です。
ただし率直に言えば、モニター用途での評価はATH-M20xに分があります。
M20xはフラットな特性を明確に打ち出しており、実際のレビューでもMPH-1は低音が前に出る傾向が指摘され、モニター用途ならM20xを推す声が出ています。
価格差は千円台。
「ミックスの判断に使う」なら、この差額は払う価値があると考えます。
AKG K92との比較
AKGのK92は、40mm径ダイナミックドライバー、周波数特性16Hz〜22,000Hz、インピーダンス32Ω、感度98dB/mW、重量約200g(ケーブル含まず)、ケーブル長約3mという構成です。
インピーダンスとドライバー径がMPH-1とほぼ同条件で、比較対象として最も近い存在になります。
K92は装着するだけでヘッドバンド長が調整されるセルフアジャスト機能を備え、装着性で一歩先を行きます。
ここで皮肉な事実を一つ。
AKGを擁するハーマンは、2025年に民生用マランツを含むサウンドユナイテッドを買収しています。
つまりK92は「もう一方のマランツ」と同じ資本の傘下にあるわけです。
ただしK92の実売価格はMPH-1より高い帯にあり、予算優先ならMPH-1の優位は揺らぎません。
SONY MDR-ZX310との比較
価格だけを見るなら、ソニーのMDR-ZX310も選択肢に入ります。
密閉ダイナミック型、30mmドライバー、インピーダンス24Ω、コード長約1.2mという仕様で、折りたたみ機構を備えます。
持ち運びやすさでは明確に上ですが、ドライバー径は30mmと小さく、コードも短いため据え置き作業には向きません。
そもそもモニター用途を主眼に置いた製品ではない点も、性格の違いとして押さえておく必要があります。
比較から見えた結論
MPH-1が勝てるのは、「4,000円前後」「片耳モニタリング」「約2.7mのケーブル」「変換アダプタ標準付属」という条件が同時に必要な場面です。
逆に、音のフラットさを最優先するならATH-M20x、装着感を重視するならK92、携帯性ならMDR-ZX310が上回ります。
万能ではありません。
しかし用途がはまったとき、この価格でこれを満たす選択肢は多くありません。
まとめ
冒頭の話に戻ります。
Marantz Professionalは、1953年創業のブランド名を受け継ぎながら、2014年以降はinMusic Brandsの一員として、録音と配信の現場道具を作り続けている会社です。
高級アンプのマランツとは、もはや別の航路を進んでいます。
同じ名前を掲げた二つの船、と言ってもいいかもしれません。
そのうえでMPH-1は、4,000円前後という価格に「片耳モニタリング」「長いケーブル」「変換アダプタ標準付属」を詰め込んだ、目的のはっきりした道具です。
音のフラットさで頂点を狙う製品ではありません。
けれど、最初の一台としての役割は十分に果たします。
今日からできる小さな一歩を一つ。
いま使っているヘッドホンで好きな曲を1分だけ聴き、片耳を外して部屋の空気と聴き比べてみてください。
自分がどれだけ「作られた音」に慣れていたか、その一分で気づけるはずです。




